プログラム解説
1. 田中カレン – Sensation
2. 成田為三 – FUGE , Rondo
3. 細川碧 – 古き様式のフーゲ(D Durに於けるドーリヤ調)
4. 松平頼則 – KOROMOI-UTA より
5. 黒髪芳光 – ピアノのための小品「野花」
6. 荻原利次 – Hommage à Claude Debussy
7. 橋本國彦 – 雨の道 , Tansmanism
8. 青島広志 – ビートルズの主題によるソナチネ
9. ジョン・レノン&ポール・マッカートニー/武満徹 – GOLDEN SLUMBERS
1. 田中カレン - Sensation
田中 カレン (TANAKA Karen) – 1961年東京生まれ。幼少よりピアノと作曲を学び、桐朋学園大学作曲科を卒業。1986年にフランス政府給費留学生として渡仏し、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)にてトリスタン・ミュライユに師事してコンピュータ音楽を学ぶ。1987年、オランダのガウデアムス国際音楽週間にて作曲コンクール第1位を獲得し、国際的な注目を集める。その後、フィレンツェにてルチアーノ・ベリオに師事。 彼女の作品は、BBC交響楽団、NHK交響楽団、ロサンゼルス・フィルハーモニックなど世界各地の主要なオーケストラや音楽祭で演奏されている。現在はアメリカ・ロサンゼルスを拠点に活動し、カリフォルニア芸術大学(CalArts)などで後進の指導にもあたっている。
Sensation – 本作は、フランスの詩人アルチュール・ランボー(Arthur Rimbaud)の初期の詩『感覚(Sensation)』にインスピレーションを得て作曲されました。ランボーが15歳であった1870年3月に書かれたこの詩は、夏の夜の官能的で新鮮なイメージ、自然の中へと逃避する夢、無限の愛と自由、そして未だ見ぬ土地へと旅する「ボヘミアン」としての激しい渇望を描き出しています。
田中カレンは元々、スペクトル楽派の影響を中心としたモダニズムの先端を行く作曲家としてキャリアをスタートさせました。しかし、その初期の動向はやがて大きく変化し、平易で調性のある音楽へと回帰しました。この転換の理由について、作曲者本人は「私自身が現代的な作品に疲れてしまった」と述べています。 劇伴音楽のような美しさとダイナミクスを持ったその時期を経て、近年はさらに変化を見せています。初期のモダニズムと中期の調性音楽の様式を折衷させ、再構築するような作風へと至っており、本作もそうした近年の探求から生まれた作品の一つです。彼女らしい叙情性と、機械的な反復の融合が本作の聴きどころとなっています。
使用楽譜出版社: Schott
作曲者写真引用元: Mode Records
2. 成田為三 - FUGE , Rondo
成田 為三 (NARITA Tamezo) – 1893年(明治26年)、秋田県生まれ。東京音楽学校(現・東京藝術大学)在学中に国民的愛唱歌《浜辺の歌》を作曲。卒業後は雑誌『赤い鳥』を通じた童謡運動に参加し、《かなりや》など数多くの傑作を世に送り出した。 1922年より4年間ドイツへ留学し、ロバート・カーンに師事して対位法や作曲理論を研鑽。帰国後は国立音楽学校などで教鞭を執り、理論書の執筆や管弦楽曲の創作にも意欲を見せたが、その作品の多くは1945年の空襲により惜しくも消失し、同年の10月に51歳で没した。 長らく「童謡の作曲家」として親しまれてきたが、近年の研究により、無調にまで到達するほどの先鋭的なモダニズムを持った器楽曲を残していたことが明らかになり、その再評価が進んでいる。
Fuge – 戦災等で多くの作品が失われ、その全容が謎に包まれていた成田為三のピアノ作品であるが、近年、国会図書館デジタルライブラリーの拡充により新たな作品の存在が判明した。本作はプラトン社刊の雑誌『女性』に寄稿されたもので、『日本音楽年鑑』に記載されている同名の「FUGE」とは別の楽曲である。大衆紙への寄稿であったことや、同名異曲との混同から見過ごされてきたと考えられ、本公演が初演奏となる可能性が高い。なおこの再発見は本公演の母体であるRMCチャンネルの研究によるものである。
Rondo – 「Fuge」と同様に、雑誌『女性』への寄稿として発見された作品。昭和18年発刊の『日本音楽年鑑』に収載されている同名の「RONDO」とは異なる楽曲であることが確認されている。これまで知られていた童謡や唱歌のスタイルとは一線を画す、成田の広範な創作活動とモダニズムへの志向を裏付ける貴重な作品である。本作も「Fuge」と同じく、今回が待望の初演奏となろう。この楽譜の再発見も上記同様RMCチャンネルの研究によるものである。
使用楽譜出典: プラトン社刊「女性」より
作曲者写真引用元: 大日本作曲家協会
3. 細川碧 - 古き様式のフーゲ(D Durに於けるドーリヤ調)
細川 碧 (HOSOKAWA Midori) – 1906年(明治39年)、東京・牛込生まれ。東京府立第一中学校(現・日比谷高校)在学中より梁田貞に作曲を学び、東京音楽学校(現・東京藝術大学)へ進学。その後ウィーンへ留学し、フランツ・シュミットらに師事して正統的なドイツ音楽の系譜を受け継いだ。 帰国後は母校の教授として、團伊玖磨や芥川也寸志、柴田南雄ら、後の日本音楽界を牽引する数々の作曲家を育成した。戦後、戦争責任を問われ教職を辞し、1950年に44歳という若さで急逝。その生涯で本格的なドイツ様式による管弦楽作品を多数残したとされるが、自筆譜の多くが行方不明となっており、現存する作品は極めて少ない「幻の作曲家」である。
古き様式のフーゲ (D Dur に於けるドーリヤ調) – 本格的なドイツ・ロマン派の流れを汲む重厚な作風で知られた細川だが、前述の通りその作品の殆どが散逸してしまっており、本作は彼が残した唯一のピアノ曲であると見られている。 副題にある通り、ニ長調(D Dur)でありながら教会旋法の一つであるドリア調を用いた、どこか不思議な響きを持つ主題が特徴。全体は大まかに三声のフーガとして構成されており、ウィーンで研鑽を積んだ細川の確かな対位法の技術と、独自の音響感覚が垣間見える貴重な小品である。おそらく今回は復活蘇演の貴重な機会となる曲であろう。
使用楽譜出版社: 大日本作曲家協会
作曲者写真引用元: 大日本作曲家協会
4. 松平頼則 - KOROMOI-UTA より
松平 頼則 (MATSUDAIRA Yoritsune) – 1907年(明治40年)、東京・小石川生まれ。旧水戸藩の分家である府中松平家の子爵・松平頼孝の長男として生まれ、日本の伝統文化に深く通じる環境で育つ。 1930年代よりアレクサンドル・チェレプニンに才能を見出され、欧米の新しい音楽語法を摂取。戦後は雅楽や能などの日本伝統音楽の様式と、十二音技法や不確定性といった西洋の前衛的手法を融合させた独自の作風を確立した。「東洋のブーレーズ」とも称され、ISCM(国際現代音楽協会)音楽祭に多数入選するなど、国際的に最も知られた日本人作曲家の一人である。2001年没。
KOROMOI-UTA – 本曲のタイトル「KOROMOI-UTA」は、日本語の「子守唄(Komori-uta)」を指しており、イタリアの出版社による誤植がそのままタイトルとして定着したものである。 作曲者が各地で取材し集めた民謡の断片がベースとなっており、松平作品としては珍しく海外の出版社(イタリア・ゼルボーニ社)から刊行されているため、日本国内で実演に接する機会は極めて稀である。 楽曲は民謡を基調としつつも、左右の手で異なる旋法を選択する「複調」の手法が用いられ、ほとんどの部分において特殊な調号表記がなされている。日本の伝統的な旋法から、やがて無調音楽へと至る作曲者の思考の変遷を、短い楽曲の中へ端的に凝縮したような曲集である。
使用楽譜出版社: ZERBONI (Edizioni Suvini Zerboni)
作曲者写真引用元: Wikipedia
5. 黒髪芳光 - ピアノのための小品「野花」
黒髪 芳光 (KUROKAMI Yoshimitsu) – 1933年(昭和8年)、東京生まれ。国立音楽大学にて高田三郎、島岡譲、清瀬保二の各氏に師事した。新しい日本の歌曲の普及を目的とした「新・波の会」の理事長や副会長を歴任し、歌曲の創作に深く注力。その成果は3巻に及ぶ作品集として出版されている。 作曲活動の傍ら、教育の現場に携わるとともに、左翼論客として政治活動も展開するなど多才な顔を持っていた。器楽曲の分野でも「ピアノのためのソナチネ」などの佳作を残している。2002年、膵臓がんのため68歳で他界。東京多摩地区を郷土として活動したその足跡を刻むように、現在は多摩霊園に眠っている。
ピアノのための小品「野花」 – 歌曲の普及に尽力した黒髪らしい、歌心に溢れた非常に優しい雰囲気を持つ小品である。しかし、単なる抒情小曲にとどまらず、随所に見られる独特な音の衝突や、あえてメロディと噛み合わせないようなハーモニーの配置など、随所にモダンな工夫が施されているのが特徴である。伝統的な美しさと現代的な感性が同居する、彼の創作姿勢が凝縮された一曲といえる。
使用楽譜出版社: 全音楽譜出版社
作曲者写真引用元: 日本作曲家協議会刊行物より
6. 荻原利次 - ドビュッシーへのオマージュ (Hommage à Claude Debussy)
荻原 利次 (OGIWARA Toshitsugu) – 1910年(明治43年)、大阪府生まれ。平尾貴四男に師事し、作曲を学ぶ。1930年代より、石田一郎らと共に作曲家集団「プロメテ」を結成し、当時の日本では未だ紹介の浅かった近代フランス音楽の受容と研究にいち早く取り組んだ。 戦後は日本作曲家協議会(JFC)などの要職を歴任し、日本の作曲界の発展に寄与。その作風は、フランス印象主義の影響を根底に置きながらも、繊細な叙情性と独自の新古典主義的な構成美を併せ持つ。歌曲や合唱曲、器楽曲など幅広い分野で作品を残し、1992年に81歳で没した。
ドビュッシーへのオマージュ (Hommage à Claude Debussy) – 荻原利次が、石田一郎らと共に日本における近代フランス音楽の受容に心血を注いだ事実は、現在の音楽史において必ずしも広く知られているわけではない。しかし、この「ドビュッシーへのオマージュ」と題された短いピアノ曲を聴けば、彼がいかに深くその語法を理解し、自らの血肉としていたかが分かる。
この曲は、ドビュッシーの組曲『子供の領分』より「ゴリウォーグのケークウォーク」を大きく参考にしたと思われる。荻原の先達への敬愛と、そこから芽生えた荻原独自の音楽性を感じ取っていただける一曲ではないだろうか。
使用楽譜出版社: 音楽新潮発行所
作曲者写真引用元: 日本作曲家協議会刊行物より
7. 橋本國彦 - 雨の道 , Tansmanism
橋本 國彦 (Qunihico Hashimoto) – 1904年(明治37年)、東京・本郷生まれ。東京音楽学校(現・東京藝術大学)にてヴァイオリンと作曲を学び、後に同校教授として芥川也寸志、團伊玖磨、黛敏郎ら、戦後の日本音楽界を牽引する多くの逸材を育て上げた。 1934年から37年にかけて欧米へ留学し、ウィーンでエゴン・ウェレスに、ロサンゼルスでアーノルト・シェーンベルクに師事。作曲家としてだけでなく、指揮者、ヴァイオリニスト、ピアニストとしても卓越した才能を発揮した。その作風は、洗練された管弦楽法と、フランス印象主義やウィーンのモダニズムを日本の伝統美と融合させた、色彩感豊かな響きを特徴とする。1949年、45歳の若さで急逝した。
雨の道 – ピアノ組曲『三枚繪(さんまいえ)』を構成する一曲。鏑木清方の日本画『新富町』の印象を描いた作品であり、橋本自身も本作を「印象」という言葉を用いて説明している。そこにはフランス印象派からの色濃い影響が見て取れ、「日本印象派」とも呼ぶべき叙情に満ちた世界が広がっている。 作者本人は本作について、「やがて旬日(十日ほど)の中に欧州へ旅立たうとする自分にとって、この三曲はこよなき記念なのである」と書き残しており、この留学を経て彼はシェーンベルクに師事するなど、さらなる前衛の道へと進むことになる。
Tansmanism – 1933年、フランスを中心に活躍していたポーランド出身の作曲家アレクサンドル・タンスマンが来日したことを記念し、彼の「マズルカ」を模倣して書かれた小品。 元来フランス音楽に造詣の深かった橋本は、タンスマンの作風の本質を鋭く捉え、複調を用いた不思議な響きの中に日本風のエスプリを巧みに効かせている。実演の機会は極めて少ないマイナーな楽曲ながら、橋本の機知に富んだ音楽性が光る隠れた秀作といえるだろう。
使用楽譜出版社: 全音楽譜出版社、月刊楽譜発行所
作曲者写真引用元: Wikipedia
8. 青島広志 - ビートルズの主題によるソナチネ
青島 広志 (AOSHIMA Hiroshi) – 1955年、東京生まれ。東京藝術大学および同大学院修士課程を首席で修了。作曲を佐藤眞、南弘明の各氏に、ピアノを重松正昭、水谷達夫の各氏に師事した。 作曲家としてこれまでに300曲を超える作品を手がけ、代表作にオペラ『火の鳥』(手塚治虫原作)や合唱曲『11ぴきのネコ』などがある。作曲活動の傍ら、ピアニスト、指揮者、演出家、エッセイスト、さらにはイラストレーターや少女漫画研究家としても活動する稀代のマルチタレントとして知られる。テレビ朝日系「題名のない音楽会」への出演を通じ、クラシック音楽を親しみやすく軽妙なトークで解説する姿は広く愛されている。現在は聖徳大学客員教授などを務め、後進の指導にもあたっている。
ビートルズの主題によるソナチネ – 世界中で愛されるビートルズの名曲を主題に据えた、楽しくもユニークなソナチネである。1988年から1989年にかけて雑誌に連載されていたものをピアノピースとして一冊にまとめたもので、ピアノ初学者から幅広く演奏できる難易度でありながら、その魅力に比して実演の機会が限られている隠れた逸品といえる。
全3楽章構成で、古典的なソナタ形式に則って精緻にまとめられている。
第1楽章: 〈イエロー・サブマリン〉をメイン主題に使用。
第2楽章: 甘美なメロディの〈ミッシェル〉を主題に展開。
第3楽章: 〈オブラディ・オブラダ〉の軽快なリズムを主軸に構成。
また、ビートルズ以外にもクラシックの名曲からの引用が随所に散りばめられており、聴き手を終始飽きさせない青島氏らしい遊び心と知的な工夫に満ちている。
クレジット情報
使用楽譜出版社: 全音楽譜出版社
作曲者写真引用元: 全音楽譜出版社
9. ジョン・レノン&ポール・マッカートニー/武満徹 - GOLDEN SLUMBERS
武満 徹 (TORU Takemitsu) – 昭和から平成にかけて活躍した、日本を代表する作曲家。ほぼ独学で作曲を学び、1957年の『弦楽のためのレクイエム』がストラヴィンスキーに絶賛されたことで国際的な注目を集める。その後、琵琶と尺八を用いた『ノヴェンバー・ステップス』など、東洋と西洋の音楽語法を独自の目線で処理し、タケミツ・トーンと呼ばれる音響世界を確立。「音の河」や「音の庭」と形容されるその繊細な色彩感は、世界中の演奏家や聴衆を魅了し続けている。 現代音楽の旗手である一方で、映画音楽やポピュラー音楽にも深い関心を寄せ、特にビートルズに対しては「現代の最も優れた作曲家」として最大級の賛辞を送っていた。
GOLDEN SLUMBERS – レノン&マッカートニーによる《ゴールデン・スランバー Golden Slumbers》は、1969年に発表されたビートルズの歴史的名盤『アビイ・ロード』に収録された楽曲。16-17世紀イングランドの作家トマス・デッカーの詩による古い子守唄をもとに、ポール・マッカートニーが自由に作り替えたものとされている。
武満徹によるこのピアノ編曲版は、ピアニストの高橋アキによる録音企画『ハイパー・ビートルズ』のために1992年に書かれた。同年8月に録音され、10月23日に横浜市教育文化ホールにて高橋アキの手により初演されている。
優しく歌われる素朴なメロディーと、丁寧にハーモナイズされたアルペッジョが絡み合い、陽だまりにまどろむような響きの時間がゆっくりと流れる。武満は1977年にも《ギターのための12の歌》の中で《ミッシェル》や《ヘイ・ジュード》といったビートルズ作品を編曲しているが、本作ではそれら以上に自由な発想による色彩豊かな彩りを聴くことができる。
クレジット情報
使用楽譜出版社: Schott
編曲者写真引用元: Schott
