【特集】大正琴奏者・小田桐大登と語る
名作同のコンサート企画「大正琴リサイタル」、開催日までもう1か月を切っています。
現時点ですでに250人を超えるお客様が予約してくださっており、大正琴奏者小田桐大登先生の人気っぷりがうかがい知れますね。
本コンサートは、小田桐先生と名作同のジョイントコンサートとなっていますが、
「小田桐さんって誰?」
「大正琴って何?」
「そもそもどんなコンサートなの?」
などなど、皆さんは多くの疑問を抱いていることでしょう。
ということで、突撃取材してきました。
〈今日の登場人物〉
おなじみ名大作曲同好会の会長。中2の頃から作曲を始め、現在は大学3年生の21歳。小田桐先生に突撃取材すべく、今日はわざわざ小田桐家まで押しかけてきた。
☆8/10に金山駅で小田桐先生のステージがあります!→詳細
もともと二人は先輩後輩だった
~小田桐先生の実家にて~


「そもそもなんで名作同と小田桐が?」
ってとこから話しましょうか。
お客さんの中には疑問に思っている人もいると思う。


中高の先輩後輩で、冨田会長が一コ上、僕が一コ下で、まあやってきましたね。
でもまあ、そんな表面的な言葉では語りつくせない深~いつながりが僕らにはあるわけじゃないですか。(笑)


高校生のときは一緒に徹夜でマージャンしたり、学校の部室でマージャンしたり……


それこそ、今回の開催地の太田川で一緒に転げまわったり。
あの時は苦しみで転げまわってた。


あとは、そうね……
何やったっけね?




僕ら二人とも榊山大亮先生の門下でしょう。


それは最初、俺が色々縁があって榊山先生と知り合って、その後でお前も弟子入りしたんだったか。
そういえば今回のリサイタルでも、榊山先生の曲「雨のための詩」を初演する。
その辺も、僕らの話をする上では割と外せない気がする。


文化祭で発表なんかして、あのときは輝いてた。


まあともかくそういうこともあって、特に高校生の頃は吹奏楽部に心血注いでたわけだけども。


まあ、「なんで大正琴か」っていうところでも話していきましょうか。
大正琴界の新星・小田桐

愛知県東海市や知多市あたりですごく大きな大正琴の会を開いていた、佐治琴歌(さじことか)先生という方がいてね。
佐治先生に教わって大正琴を始めた、と?


僕が8歳の頃、そこの会がちょうど20周年を迎えてて、20周年大会っていうのをやってたんですよ。
で、その時に僕が初めて「祖母と孫の共演」てな感じで舞台に立ったのね。


御園座でやったんだけどね。


当時の映像見てみると、観客席をめっちゃ凝視しながら弾いてるんですよ。(笑)
それで、「僕にも他のおばあさんたちが弾いてる曲が弾けるんじゃないか?」と思ったのが一つ。
あともう一つ、これも外せない話なんだけど、山崎琴司(やまざききんじ)先生との出会いも大きかった。
山崎先生という、日本でトップクラスの演奏家がいて、その人の「じょんがら」を聞いたわけですよ。


大体どこの演奏会に行っても一番最初にやる。(笑)
しかしあれは実際にいい曲だ。


「ああ、僕もあれをやりたいな」
と思ったわけですよ。
で、そこから大正琴を始めたわけなんですけど。
小学校6年生の時に、高校生までの子どもが対象の大正琴のコンクールがあったんだよね。
そこに僕が超新星のように現れて、実は最初のコンクールは僕は最優秀じゃないんですけどね。
優秀賞。


小田桐、手慣れた手つきで「丘を越えて」を弾く。





でもこのおかげで、ただただ技巧を見せつけとけばいいんじゃなくて、ちゃんと感情表現の豊かさとかも演奏の上では大事なんだな、と気づいた。


も~う気が狂うかと思った。


昔は本番で何回もトチってますからねえ。
あれは本当に難しくて。


なんかカッコイイね。


佐治先生にも未だにお世話になってるし。
僕の大正琴の始まりはこんな感じですかね。
「琴伝流と言えば小田桐」みたいな感じさえする。


で、実は受験を機に一回大正琴辞めちゃうんですよ。


高校受験を機に辞めて、で高校生になってからは部活一辺倒でしたね。


大正琴なんかそっちのけで部活やって、受験して大学生になって、それで大学1年生の時ですね。
これも琴歌会のコンサートだったんだけど、久しぶりに演奏してみたら
「楽しいなあ、これは」
と。


もう大正琴やりたい、おばあさんたちの喜ぶ顔がすごく嬉しかったんですよ。
アン〇ンマンみたいに。




じゃあどうしようかってことになって、ついにあのCDを出す運びになりまして。

TOCCATA VARIATION
TOCCATA VARIATION


たくさんの人に聞いてもらえて非常に嬉しい。

大正琴と「作曲」
今回は名作同では3番目のコンサートになるわけですね。
ピアノ・オルゴールときて今回の大正琴。


もともと僕が、地元の愛知でリサイタルをやろうとしていて、ただ僕が東京にいて色々やりにくいので、仲介を頼んだのが始まりだった。


大正琴の発展に対する貢献というのは、この企画は計り知れないものがあると思ってます。


ここ数年ですもん。
主に僕の周りで起こっている動きだけれども。


逆にだから我々世代にとっては新鮮で、おばあさんたちから見たら「ああ懐かしい楽器」ってなるけど、私らが見たら「ああーッ何だこれ」てなるでしょ。
それを大事にしていきたいね。
お前さんにCDに入ってる僕の新曲に関しても、意外と若い人からのウケが良かったと聞いた。
今回のコンサートでも、まったくの初演曲がいくつもあるわけだけど。


「斑紅葉(まだらもみじ)」、「Alfard(アルファード)」、そして「炭坑節変奏曲」と。
「斑紅葉(むらもみじ)」と「Alfard(アルファルド)」だぞあれは。


読みづれえ……


榊原会員のタイトルの付け方は独特だからね。


あれ聞いた?
あの古めかしいやつ。

小田桐、「3つの小品」を弾き始める。




間違いなく面白いコンサートになるでしょう。
演奏大変だけど。


本当にない。
記事のこの辺に予約フォームでも貼っとくよ。


〈予約フォーム〉




そんなこと言っても何も出ないから。
お前さんはいい男じゃないか。
何というか、このドイツ風の実に渋い顔立ち。


そんな俺掘り深くないよ……。


だめだ、話がどんどんそれていく。


名作同のメンバーも、コンサート楽しみにしてますよ。
楽しみにしてると同時に、「これからどうなるんだろう」みたいなワクワク感と緊張感もある。
とても大きな機会をありがとう、とも言いたい。


いやいやこちらこそね、素晴らしい曲を書いてくれてありがたいですよ本当に。

コンサートの曲目について
このコンサートは初演曲も多い訳ですが。
まずは第一部から話していきましょう。


小田桐、いつの間にか氷を食べ始めている。


これも記事に書くからな。


まず、1曲目は「じょんがら」でしょう。
いつも通りですね。




心をつかんでください。


(バリボリ)
あれは、演奏実績が一番ある曲ですから。


あれは、師匠から受け継いだ曲なんで、僕としてもこれからも大事に弾き続けていきたい。










で、演歌ということで3曲目は「3つの小品」ということで。
これは私が作曲致しましたけど、まず第1楽章が「フォックストロット」、第2楽章が「叙情」、第3楽章が「ビバノン」となってますけど。


「フォックストロット」っていうのも昭和初期に流行った踊りですし。


社交ダンスとかやってる人なら知ってるかもしれないけど。
で、2曲目の「叙情」ってのも、実は中間部分に昔の曲の引用をしてます。
3曲目の「ビバノン」は、これはね、昭和30年から50年くらいにかけてのコミックバンドのオマージュですね。


これはやってしまったなあ。
うかつだったよ。


いや小田桐らしいは小田桐らしいんだよ。
どうしようもないだろ。


何というか、平行世界を見ているような。


そういう面白さもあってね。


聞きごたえあると思います。
というわけで、ここまでが第1部。
第2部が私たち名作同のステージということで。


じゃなく「斑紅葉(むらもみじ)」でしたね。
この曲は非常にきれいで、タイトル通り日本的な響きがしますな。
所謂五音音階。






「ヴェートーベンらしい」とかならいいんだけどさ。
誰が榊原を知ってんだよって話よ。
ここは読者に期待したいね。(笑)


この曲は結構小洒落てるよね。
静かな曲ではあるんだけど。
こちらの方が艶っぽいと言うか。


で、3曲目は冨田会長作曲の「炭坑節変奏曲」と。
相変わらずあんたの曲は弾きづらいね。(笑)


まあいくつか難所がある以外はそんなに難しくもないですよ。
ところでこの曲は、第2部の中では一番表情が豊かだと思いますね。


割とこう、いろいろな「大正琴とピアノのセッションの顔」っていうのが見えますね。
「炭坑節」ってのはもともと労働歌であって、結構明るい曲調ではあるんだけど、なんて言うかこう、「労働の苦しさから生まれた明るい曲」なわけでしょう。
そう考えると、現代の社会で生きている我々も同じような感じじゃないかって気がするんですよ。
ブラック企業なりブラックバイトなり……


そのために、わざわざ昔の曲である「炭坑節」を今アレンジしてみた、というコンセプトです。
だから、「炭坑節」の変奏曲ではあるけども、最初の方は「ああ、炭坑節だな」って感じなんだけど後の方になるともういろんな表情が錯綜してきて「これどこに炭坑節があるんだ?」みたいな感じになってしまいます。


まあでも、一応しっかりと「炭坑節」だと分かるような変奏になってると思いますよ。
ところで、ここだけの話だけど、「幻想的交響曲」の「幻想的」って本当は「fantasic(ファンタジック)」と書くべきところ、あんた思いっきり間違えて「fantastic(ファンタスティック)」と書いてましたよ。
予測変換ミスったのかな。
「Fantastic Variation(素晴らしい変奏曲)」って自画自賛じゃねえか……。


一曲目が「かごかき」と。
まあこれは、貴志康一という日本人の作曲家の曲なんですけど、もとは非常に素晴らしい歌曲でね。


こう……軽やかですね。朗らか。
僕も弾いてて楽しいですねこれは。
楽しかろうなあ。


これはね。(笑)


いや、ウソ。
結構真面目に考えた。(笑)
あんな楽しい歌だとは思わなかったが。(笑)


で、3曲目がですね、「宵待草」。
これはまさに大正ロマンですな。


この曲自体大正時代に書かれた曲ですので。
何とか頑張って編曲しましたよ。
あの編曲はとてもいいと思うね。








この曲は東海林太郎が歌った曲なんですけど、野崎参りという、大阪の野崎観音にお参りするっていうのをもとにした歌で、これに付随した「上方落語」ってのがあって、その中で決まった出囃子をやるんですけど、その時の出囃子の一節が間奏に使われてるんですね。

小田桐、「野崎小唄」間奏を弾き始める。
とても洒落た仕掛けだね。


最後の曲は楽しくね、軽く和のテイストを楽しんでもらいつつ、締めようかな、と。


まあこんな感じですね、演奏会の曲目に関しては。




小田桐家の食卓
ここで小田桐家、夕飯タイム。
冨田会長、ちゃっかり食卓に混ざる。

メインの「豚トロ炒め」


冨田会長が酔ったので、解散。
小田桐一家の皆さん、ありがとうございました。
コンサートの詳細&ご予約→「大正琴リサイタル」開催のお知らせ
小田桐先生公式HP→http://odagiridaito-taishogoto.com/
今晩は今初めて富田先生との会話を読み始めて、30分夢中で御園座の懐かしい
思い出にしたつていました。有難う頑張ってください。
コメントありがとうございます!
応援していただけて光栄です。
御園座の思い出は小田桐氏もよく話していて、たいそう貴重な経験だったのだなあと思います。
彼も今非常に頑張っていますので、我々の方も負けじと頑張る所存です。